夏はかき氷屋さんの「かきいれどき」、大晦日はお蕎麦屋さんの「かきいれどき」。このように「かきいれどき」は、商売が繁盛して儲けが非常に多くなる時期を指しますね。 この「かきいれどき」を漢字で書くとどうなるでしょうか?「掻き入れ時」だと思った人もいるのではないでしょうか。 筆者も個人的にはその表記が嫌いではないのですが、実は語源に照らし合わせると間違っている表記だというのです。

売掛記録の記入を意味するので「書き入れ」時

最初に答えを書いてしまうと「かきいれどき」は、本来「書き入れ時」と表記するのが正しいのです。

かつて江戸時代の商家では、大福帳(だいふくちょう)と呼ばれる帳簿を使用していました。これは得意先別に売掛金を記録するための帳簿のこと。今でいう得意先元帳のような帳簿です。

商売の基本形態が掛売りだった時代ですから、売掛金を記録する大福帳は、商家にとって最も基本的かつ重要な帳簿であったわけです。

この帳簿に書き入れが多く生じるということは、それだけ商売が繁盛したことになりますよね。そこでこのような状況を「書き入れ」と称するようになりました。

当時は、この「書き入れ」という言葉だけで「商売繁盛」、また「商売繁盛の期待」、さらには「商売繁盛の時期」などを表すことができたようです。

その後、時期は不明ながら「書き入れ」が「書き入れ時」に変化して現在に至ります。

酉(とり)の市に登場する縁起熊手のイメージ

では何故、筆者を含めた少なからぬ人々が「かきいれどき」を「掻き入れ時」と表記すると思ったのでしょうか。

おそらくその背景には、酉(とり)の市などで販売される縁起物の熊手(くまで)が関係しています。

改めて復習すると熊手とは掃除道具のこと。長い柄の先に、細い竹を扇の骨組みのように取り付けた道具のことです。

竹の先端が爪状に曲がっているので、屋外で落ち葉などを「掻き集める」ときに便利ですよね。

それが転じて、熊手には金を「掻き集める」、客を「掻き集める」、福を「掻き集める」といったイメージも付きました。

そこで商売人たち(当初は江戸時代における遊郭・茶屋・船宿・芝居などの従事者)が、縁起を担いで熊手を買い求めるようになったのです。

現代でも毎年一回、商売人たちが前年よりも一回り大きな熊手を買い続けて、商売繁盛の祈願とする風習が残っていますよね。

そんな風習を知っているので「かきいれどき」は「掻き入れ時」と書きたくなるのでしょう。

「書き入れ」に隠された第三の意味

ところで書き入れ時の元になった言葉「書き入れ」には、現代人には馴染みのない第三の意味もあります。

まず書き入れの第一の意味は、文字などを書き入れること。第二の意味は、前述の通り繁盛繁盛のことでした。

ところが書き入れにはもう一つ、江戸時代における「抵当」のことも意味したのだそうです。くだけた言い方だと「借金のかた」です。

質入れの際、ふつうは借金のかたを「現物」で預けるのですが、書き入れの場合は証文に借金のかたを「書き入れて」契約を結んだのだそう。そこで抵当のことを「書き入れ」と呼んだのです。

江戸時代の娯楽本である黄表紙には「およねをかきいれ(=借金のかた)に金三十両貸しける」などという物騒な文章も登場します。

この意味の「書き入れ時」が現代に残っていなくて、良かったかも知れませんね。

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もり・ひろし

新語ウォッチャー。1968年生まれ。電気通信大学卒。CSK総合研究所(現CRI・ミドルウェア)を経て、新語・流行語専門のフリーライターに。辞書・雑誌・ウェブサイトなどでの執筆活動を行う。代表的連載に日経ビジネスオンライン(日経BP社)の「社会を映し出すコトバたち」、現代用語の基礎知識(自由国民社)の「流行観測」欄など。