「上前をはねる」という言い方がありますね。良く言えば仲介手数料を取ること。悪く言えばピンハネのことです。 ここでいう上前は「上米」(うわまい)が変化した言葉。本来は、寺社に寄進する年貢米や、年貢米の通行税の意味だったそうです。 はねる意味の上米(上前)は、おそらく通行税の意味が転じたものなのでしょう。さてここで問題にしたいのは、米(まい)がどうして前(まえ)に変化したのかということ。 その明確な理由は明らかではありませんが「おそらくこういうことではないか?」という推測なら立てることができます。

「前」とは「分量」のことである

ためしに○○前(まえ)という語形の言葉を列挙しましょう。分け前、自前、一人前、半人前、落とし前などの言葉がありますね。

このうち分け前は、各々に割り当てられる分量という意味。自前は、自分の負担で何かを用意するという意味。

一人前は、もともと一人分の分量という意味で、転じて、人間として独り立ちできている状態も指します。

半人前はその逆で、もともと一人分に対する半分という意味で、転じて、技量や経験が不足している状態も指します。

これらの「前」をよく観察してみると、いずれも「分量」を意味していることがわかりますね。

つまり、各々の分量(分け前)、自分が負担する分量(自前)、一人分の分量(一人前)、半人分の分量(半人前)を意味しているわけです。

上米から上前に変化したときも「ハネる分量」ぐらいのイメージで「前」の字を当てたの“かも”しれません。

一軒前は「家版の一人前」のこと

この○○前(まえ)という形の言葉は、ほかにもたくさんあります。二前(ふたまえ)は、いわゆる二人前(二人分の分量)のこと。

預り前(あずかりまえ)は、各人があずかった分(転じて預り賃金)のこと。

一軒前(いっけんまえ)は「家版の一人前」のことで、昔の村落社会を構成する世帯単位を指しました。

いうならば、一軒分の権利・義務の分量といったところでしょうか。人間でいう半人前に相当する、半軒前(はんげんまえ)という言葉もあったのだそうです。

また小前(こまえ)は規模が小さいという意味で、小前百姓(こまえびゃくしょう)という複合語もありました。

足し前(たしまえ)は、不足を補う分という意味。出し前(だしまえ)は、何人かで費用を分担する場合にその人が負担する金額のこと。

立ち前(たちまえ)はいわゆる賃金のこと。不足前(たらずまえ)は不足分のこと。取り前(とりまえ)はいわゆる取り分・分け前のことを意味します。

以上いずれの表現も、何らかの「分量」を示している共通点があるわけです。

「割り勘」は隠れキャラ

そんな○○前の仲間に、割り前(わりまえ)という言葉があります。

江戸中期においては「各々に割り当てた金額」を意味する言葉だったのですが、江戸後期には「頭割りした金額」のことを意味するようになりました。

このうち後者の意味を表す言葉として、同じく江戸後期に「割前勘定」(わりまえかんじょう)という言葉も登場。

そして遅くとも昭和初期までには、割前勘定を略した「割り勘」(わりかん)という言葉が登場しました。

つまり飲み会の支払いなどでよく登場する「割り勘」という言葉は、もともと「割前勘定」を略した言葉だったのです。

たまに幹事さんが割り勘の金額を多めに集めることがありますが、これは「割り前を多めに設定して、上前をはねる行為」と言い換えてもいいかもしれませんね。

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もり・ひろし

新語ウォッチャー。1968年生まれ。電気通信大学卒。CSK総合研究所(現CRI・ミドルウェア)を経て、新語・流行語専門のフリーライターに。辞書・雑誌・ウェブサイトなどでの執筆活動を行う。代表的連載に日経ビジネスオンライン(日経BP社)の「社会を映し出すコトバたち」、現代用語の基礎知識(自由国民社)の「流行観測」欄など。