「君の調べてきたその情報なんだけど、ちゃんとエビデンスに基づいた話なの?」 「エビデンスのない話は信用できないよ」 おそらくゼロ年代以降、ビジネス上の会話で「エビデンス」という言葉を見聞きする機会がぐっと増えたように思います。 ――いや。「思います」と主観を述べるだけでは、肝心のエビデンスが欠けてますね。 G-Searchが提供するデータベース『新聞・雑誌横断検索』によると、朝日新聞・産経新聞・毎日新聞・読売新聞の見出しまたは本文にエビデンスが登場した記事数(5年間あたり)は90年以降で3件、95年以降で20件、00年以降で82件、05年以降で218件、10年以降で222件と増えていったのです。 さてあなたは、このエビデンスの意味を説明できますか?

2009年の時点で、エビデンスの意味を知る人は8.5%

2009年、国立国語研究所が「『病院の言葉』を分かりやすくする提言」という資料を発表しています。

なぜここで病院が出てくるのかについては、ひとまず置いておきましょう。この資料ではエビデンスという言葉について、その認知率(聞いたことがある人の割合)と理解率(意味を知る人の割合)を紹介していました。

それによるとエビデンスの認知率は23.6%。理解率はわずか8.5%しかなかったのです。

現在ではこの数字がもう少し上昇しているような「気もする」のですが、筆者はその予想に関するエビデンスを残念ながら持ち合わせていません。

エビデンスとは「根拠」のこと

ずいぶん「もったいぶって」書いてしまいました。エビデンスの意味は至極簡単。「根拠」を意味します。そもそもエビデンスは英語のevidenceがカタカナ語になったキーワード。

英語の方のevidenceは「根拠」や「証言」を意味します。このうち日本語に流入したのは、主に「根拠」の方の意味なのです。

したがって冒頭に紹介した例文は「君の調べてきたその情報なんだけど、ちゃんと“根拠”に基づいた話なの?」とか「“根拠”のない話は信用できないなぁ」と言い換えることが可能なのです。

また「根拠」と言い換えてしっくりこない文章であっても、「証拠・拠り所・裏付け」などの言葉で置き換えれば、うまく理解できる可能性もあります。

例えば「そのプランのエビデンスを取ってきて」と言われた場合は、頭の中で「その計画の裏付けを取ってきて」と置き換えればよいことになります。

どうして日本語に「エビデンス」が流入したのか?

それにしても不思議なのが「どうしてゼロ年代以降、急にエビデンスというカタカナ語が普及したのか?」ということ。

実はこれには大きな背景があります。1990年代以降の医療分野で「EBM」という新概念が普及したのです。このことが、医療以外の分野にも影響を与えました。

EBMはevidence-based medicineを略した言葉。日本語ではよく「根拠に基づいた医療」と表現します。

これは従来的な治療法が、ともすれば「理論先行になりがち」だったことの反省から登場した概念でした。

ただ患者の立場から見ると、医師から「エビデンス」だの「根拠に基づいた医療」だのと言われても、それが何を意図しているのかが分かりにくいですよね。

そこで前述の国語研究所の資料では、医療分野のエビデンスの言い換えとして「その治療法が良いといえる証拠」という表現方法を提案しているのです。

このように業界によっては、エビデンスを単に「根拠」と言い換えただけでは足りない場合もあります。

実際、IT業界では「システムが正常に動作している証拠画面」のことをエビデンスと呼ぶ例もあるぐらいです。

もしもあなたがエビデンスという表現を「使う側」になった場合は、より適切な言い換えを検討してみるのも良いのではないでしょうか。

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もり・ひろし

新語ウォッチャー。1968年生まれ。電気通信大学卒。CSK総合研究所(現CRI・ミドルウェア)を経て、新語・流行語専門のフリーライターに。辞書・雑誌・ウェブサイトなどでの執筆活動を行う。代表的連載に日経ビジネスオンライン(日経BP社)の「社会を映し出すコトバたち」、現代用語の基礎知識(自由国民社)の「流行観測」欄など。