ゲルピンとは「貧乏」のこと
困った時の広辞苑。さっそく広辞苑(第7版)を引いてみると、ちゃんと「ゲルピン」の項目がありました。語釈にはこうあります。
「金(かね)に窮していること。金がないこと」。つまりゲルピンとは「貧乏」を意味する言葉だったのです。
ここで疑問に思うのは「なぜゲルピンが貧乏を意味するのか」ということでしょう。これについて広辞苑は次のように説明しています。
「『ゲル』は『ゲルト』の、『ピン』は『ピンチ』の略」。なるほど「ゲルトのピンチ」を略して「ゲルピン」と表現するのですね。
では、ゲルトとは何なのか? そこで再び広辞苑(同)でゲルトを引くと「ゲルト【Geld ドイツ】かね。金銭。ゲル。」とありました。
そう。ゲルトの正体は、ドイツ語で金銭を意味するGeld(ゲルト)のことだったのです。
このゲルピンという俗語は、おおよそ明治時代から戦後まで、主に若い人が使っていました。
演歌歌手の北島三郎が、下積み時代に「ゲルピンぽん太」としてギター漫談を披露したとの逸話も残っていますが、それは1961年の出来事なのです。
しかし最近では、ゲルピンという言葉を世間であまり聞かなくなりました。
ゲルナシも、ゲル欠も、貧乏のこと
面白いことに、かつてゲルピンには、様々な仲間が存在していました。例えば「ゲルナシ」はゲルがないこと。「ゲルヒン」はゲルに貧していること。
「ゲル欠」は、ゲルが欠乏していること。いずれも貧乏のことを意味していました。「ゲルピー」のように、造語の過程が想像しにくい語形もありましたが、これも貧乏を表していたようです。
とりわけ興味深いのは「カインゲル」という表現。このうち「カイン」の部分は、ドイツ語のkein(カイン)に由来しており、これは英語のnoに相当する表現なのだそうです。
つまりカインゲルとは、英語風に言えばノーマネーのことを意味しており、これも貧乏を意味する言葉であったわけです。
また、かつての学生語のなかには「ゲルピン横丁」という表現もあったのだそう。これは「学生寮」を意味する言葉。寮生の多くが貧乏であったことに由来する表現でした。
明治以降の高等教育で培われたエリート意識
2018年の現代から見ると、ドイツ語が語源である外来語は、比較的珍しい存在のように思えます。しかしかつて日本の若者語では、ドイツ語の存在感が大きい時期がありました。
明治前期の大学生や、明治後期以降の旧制高校の生徒たちが、好んでドイツ語由来の外来語を使っていたのです。
当時の大学や旧制高校において「ドイツ語で行われる授業」も盛んだったことが背景にあります。学生たちのエリート意識が、ドイツ語由来の俗語を数多く誕生させたのかもしれません。
ちなみに、明治以降のドイツ語由来の学生語には、このほかにも「ガンツ」という表現もありました。語源はドイツ語で「完全に」「まったく」を意味するganz(ガンツ)。
例えば「あの映画はガンツ面白い」とか「指導教官にガンツ叱られた」などの言い方があったといいます。
比較的最近の若者語であれば「超」などで代替できる表現かもしれません(「あの映画は超面白い」「指導教官に超叱られた」など)。
ともあれ。最近でこそ「カタカナ語といえば、英語からの流入が主である」という感覚もありますが、明治以降の一時期「そうとも限らなかった時代」が続いていたことは、知っておくとよいかもしれません。
参考:「若者語を科学する」米川明彦著、明治書院、1998年3月
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