腹が干からびた!膵臓がだるい!
ひもじいの語源をたどると、中世以降に登場した「ひだるし」という言葉に行き着きます。やはり「お腹が空いている」という意味の言葉です。
そしてこの「ひだるし」の語源についてはいくつかの説があります。
まず一説には「腹が干(ひ)て怠(だるい)い」の略とも、また異説では「脾(ひ)がだるい」の略とも言われています(さらなる異説もある)。
このうち脾とは、東洋医学でいう五臓六腑(ごぞうろっぷ=肝・心・脾・肺・腎、胆・小腸・胃・大腸・膀胱・三焦)のひとつである脾のことです。
西洋医学でいう脾臓(ひぞう)とは異なり、東洋医学の脾は消化吸収に関係がある臓器だと思われていました。したがって「脾がだるい」という表現が「空腹」を意味する可能性を持っているわけです。
ちなみに「ひだるし」という言葉は、のちに「ひだるい」に変化して、主に西日本を中心に生き残っています。もちろん多くの国語辞典に載っている「現役の言葉」です。
「ひだるし」を「ひもじい」にした張本人は?
さてその「ひだるし」が、どうして「ひもじい」に変化したのでしょうか?
その変化をもたらした張本人は、室町時代の宮中にいた女官たちであったといいます。
上品な言葉づかいを重んじた女官たちは、お腹が空いていることを直接的に表現することを嫌いました。
そこで彼女たちは「ひだるし」の先頭にある「ひ」の一文字をとってきて「ひ文字」と婉曲的に表現したのです。
このような女官社会の隠語を、女房詞(にょうぼうことば)といいます。
女房詞には、語頭に何でも「お」を付けて省略してしまうパターン(例:お+味噌田楽=おでん)や、語尾に何でも「文字」を付けて省略してしまうパターン(例:杓子+文字=しゃもじ)があり、「ひ文字」はこのうち後者のパターンでできた隠語のひとつでした。
この「ひ文字」が江戸時代に形容詞化を果たし、ついに「ひもじい」という言葉が誕生するに至ったのです。
男言葉としての「ひだるい」
ところで「ひだるい」も「ひもじい」も、かつては同義の言葉として共存していたようです。
例えば「ひもじい時のまずい物なし」という諺(ことわざ)があります。空きっ腹で食べる料理は、だいたい美味しいことを意味する諺です。
この諺には別の言い方もあり、「『ひだるい』時のまずい物なし」とも表現できるのです。
ただし「ひもじい」が男女共用の言葉であったのに対して、「ひだるい」の方はやや男性向けの言葉であったのだそう。
これはおそらく「ひもじい」が女房詞出身であったことも関係しているのでしょう。
男言葉としての性格が強い「ひだるい」には「空腹」以外の意味もあります。
例えば「性欲が満たされていない様子」あるいは「欲求不満である様子」を意味する用例(江戸時代)や、空腹とは関係なくただ単に「体が疲れている様子」を意味する用例(明治時代)もありました。
このように言葉には、時代の経過に応じて新たな意味が加わる場合もあります。
ひょっとしたら国語辞典の「ひもじい」の項目にも、そのうち「お金が足りない」「貧乏である」という説明が加わる時代がくるかもしれません。
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