人々にさまざまな評価をもたらした「G7ヒロシマサミット」が終わった。世界にとって「ヒロシマ」というイメージが与える多くのG7首脳達の現地での動きが、世界のメディアにより広く発信された。

一番象徴的なシーンは、G7首脳達が揃って、いわゆる原爆記念資料館を訪問した後、原爆死没者慰霊碑(広島平和都市記念碑)に横並びして献花をした場面であろう。

また、急遽かけつけたウクライナのゼレンスキー大統領も、岸田首相と並んで、資料館を訪れて献花した後、「バフムトと広島が重なる」という印象的な言葉を残した。

原爆ドームや原爆資料館、原爆慰霊碑という背景に言葉を超える映像の説得力がヒロシマサミットを「画期的な国際会議であった」と捉える賛同派と「何の非核のへ成果なく広島を汚した」という批判派それぞれにヒロシマならではの影響力が重くのしかかっていたという感想を筆者は持った。

批判派の立場の主張はこれまで核廃絶運動を主導してきた被爆者や運動家の人々を中心とした発言が大手新聞社に取り上げられ「核廃絶」というより「核抑止」というプリンシプルでG7は結束しているという事に対するアレルギーが支配的であった。核抑止という構造が存在しているという現実を広島で語ることは、広島に対する冒とくであるという唯一の被爆地では「即時の核廃絶」が絶対規範であり核抑止論を語るようなことはあってはならないという被爆ナショナリズムである。

さて、この「サミットは失敗」という意見はそれとは真逆の「サミットは大変な成功であった」という意見(世論調査によるとこの方が多数派であったが)と実は表裏一体の関係にある。それは「ヒロシマとは何か」という思いである。

議長国の日本の広島サミットのテーマは「法の支配に基づく国際秩序の堅持」である。「G7広島首脳宣言」の冒頭で「我々の取り組みは国際連合憲章の尊重及び国際的なパートナーシップに根差している」と記されているように国際法の深刻な違反である、ロシアによるウクライナ侵攻がとりわけ重要な議題となってG7の結束を宣言している。

G7がウクライナへの支援を約束するのは国際法の深刻な違反を是正すると同時に、「公正かつ永続的な平和」を達成することを目標としている。その論理からすると今の時点での無条件即時停戦はありえないのである。せっかく広島という地に来たのだから、「今何故和平について話し合わないのか?」というゼレンスキー大統領へ質問する記者がいたが、大統領は困惑した顔をしながら、現時点での即時停戦はロシアの領土占領が固定化されて「公正で永続的平和」とは相反するものになる、と応じていた。

確かに「即時和平」はヒロシマが持つ一方の立場でもあるのだが、ウクライナが今、非武装中立を宣言しても不当に占領された領土はかえってこない。ゼレンスキー大統領に即時停戦のカードはありえないのである。

決してヒロシマの意味するところは「即時停戦に向けた和平交渉」という選択ではないのではないか。むしろ今のヒロシマの意味するところは「公正かつ永続的平和」のほうが親和性は高いと思うが如何であろうか。

賛同派と批判派のそれぞれの「ヒロシマとは何か」という重い問いかけは戦後の長い時間の流れによって少しずつ変化を余儀なくされている。もちろん、あの8月6日以降の言葉では言い尽くせない惨劇と被爆者の惨状は今後も粘り強く世界に語りついでいかなければならない。

被爆20年後の1965年に発売されたノーベル文学賞の大江健三郎氏のドキュメンタリー「ヒロシマ・ノート」は筆者も高校3年生の時に読み、初めてその凄さに衝撃と共感を覚えたことを今でも思い出す。あの「ヒロシマ・ノート」の影響力は1960年代後半の世界史的にも最も戦闘的な日本の学生運動に繋がっていった。それによって長いこと日本にとって「ヒロシマ」の意味することは戦争に対する反戦平和で立ち上がることの象徴となっていた。

戦後70年以上経過して、今ヒロシマの意味するところはもう一つ被爆からの驚異的な都市の復興でもある。ゼレンスキー大統領は「破壊された広島の写真がバフムトに似てる」と述べたうえで「今の広島は再建した。ウクライナの街並みも早く再建できることを夢見ている」と述べた。これは復興の象徴としての広島についての語りである。

「ヒロシマとは何か」という問いは「日本とは何か」という問いと深く結びついている。その解釈をめぐる論争は、今後も終わることはないであろう。そうだとしても今回のサミットを通して、ヒロシマが広く世界に発信したことは間違いないのである。「ヒロシマとアウシュビッツ」こそ人類が見なければならない戦争の2大遺産である。


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飯塚良治 (いいづかりょうじ)

株式会社アセットリード取締役会長。 オリックス信託銀行(現オリックス銀行)元常務。投資用不動産ローンのパイオニア。現在、数社のコンサルタント顧問と社員のビジネス教育・教養セミナー講師として活躍中。