新型コロナウイルス
新年早々、米国とイランの間で緊張が高まり、いったん収束したかに見え、深刻化していた米中貿易戦争も、第1段階の貿易協議の合意が成立して、やや休戦状態かなと思っていた矢先に、新型コロナウイルスの感染の急拡大が、今や世界の最大リスクとして登場してきた。

もちろんリスクとしては、このウイルスの感染率、重症率&死亡率、その拡大範囲、そしていつまで長期化するかという、新しい病気自体に対する恐怖は楽観論、悲観論を含めて、今や日本のメディアを釘付けにさせている。それは具体的な対策や医療体制を含めて官民一体で取り組まなければならない、緊急の課題であるが、それは専門家や他の評論家にまかせるとして、これによってもたらされる、あるいは明白となる、関連する脅威について触れたいと思う。

一つは先月末にニューヨーク・タイムズが掲載したコラム記事である。記事の見出しは「コロナウイルスが広がり、全世界が中国の独裁体制のツケを払わされる」というものであり、また副題に「習近平は自らの強力な支配を感染症の阻止ではなく、情報の統制のために使った」とあり、今回のウイルスの世界的な拡散が、習近平体制の独裁体制の隠蔽体質と深く関連していることを指摘している。新型肺炎が急激に拡散しだしたのは、感染症についての情報を初期段階で隠蔽したため予防対策が大幅に遅れたことが原因だと言う記事である。

中国の武漢市、最初のコロナウイルス感染者が判明したのは、2019年12月1日ごろといわれる。12月下旬には武漢の医療関係者の間で、新型コロナウイルスに対する警戒が確実に認識されていた。中国当局が徹底した対策をとるのは、まさにその時期であった。

にもかかわらず、習近平体制下の当局は、逆に警告を発する側に懲罰を与え、情報を隠蔽した。危険をネットで発信した医師は共産党組織に拘束され、間違いであると言うことを強制された。ウイルスの広がりを指摘した他の第1線の医師8人も「虚偽の拡散」という容疑で摘発された。中国政府がウイルスの拡散を正式にWHOに報告したのは12月31日であったが、まだ中国内部では情報は隠され、報告も感染が武漢市内だけに抑えられたという虚偽の報告をWHOにしていた。中国政府は拡散が広がって、いよいよ隠せなくなって2020年1月23日にようやく武漢市の封鎖を公式に宣言した。武漢市長は「ウイルスについて語ることは1月下旬まで許されなかった」と発言している。つまり2ヶ月の間、感染自体が中央政府の指示で秘密にされた。そのため拡散防止のための対策が致命的に後れをとってしまったというのである。

このコラムではさらに、今回の情報隠蔽の理由の一つは、習近平体制は、近年、ジャーナリズム、ソーシャルメディア、非政府団体、法律家集団の抑圧を一段とひどく進めており、一連の弾圧政治が、新型コロナウイルスに広がりを加速させ、予防や医療を遅らせたというのである。もちろん、習近平主席が直接指示したかどうかわからないが、強い権力を握る首脳部トップが何か望んだ時に、官僚機構がそれを過剰に忖度して、許されない間違いを起こす罠は、肝に銘じる必要がある。特殊な独裁国家にだけ起こることではなく、こういうことはどこの国でも起こるという教訓であり脅威である。アメリカや日本でも最近その傾向が見られると思うのは、年寄りの冷や水であろうか?

もう一つはこの新型肺炎が続くことによる、世界経済に及ぼす影響である。このウイルスが拡散を続けるならば、この影響は過少評価すべきではない。すでに世界の20%の経済を握り、世界第2位の経済大国中国の影響力はすでに世界に及んでいる。

武漢の人口は1000万人を超え、自動車や半導体産業の中心地として産業のすそ野が広い。また物流面でも張り巡らされた主要な鉄道網が交差する要所である。この場所が封鎖されて、ヒト、モノが動きを止められることは中国だけでなく、世界のサプライチェーンを混乱させる要因になりつつある。そしてこの混乱は上海など他の都市の企業活動にも停滞をもたらしている。

他の海外企業も中国からの社員を帰国させつつある。また韓国をはじめドイツなど、中国への輸出を重視してきた国への影響も大きいものがある。これは日本も決して蚊帳の外ではない。特に中国観光客の激減が地方に大きな影響を及ぼしつつある。また工作機械など中国に輸出する中小企業への影響も出つつある。 まだ感染の拡大予測や治療法など不確定な要素が多いが、感染拡大に伴い中国経済が大きく下振れすれば、世界経済に及ぼす脅威ははかり知れないのである。

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飯塚良治 (いいづかりょうじ)

株式会社アセットリード取締役会長。 オリックス信託銀行(現オリックス銀行)元常務。投資用不動産ローンのパイオニア。現在、数社のコンサルタント顧問と社員のビジネス教育・教養セミナー講師として活躍中。