安部晋三政権は今回2月25日に、感染拡大を防ぐための基本方針を決めたが筆者が書いた2月13日はもうかなりの脅威としてメディアも連日取り上げていたので、いやに遅いなという印象をもった。しかもその時に中国からの入国制限はいやに遠慮した内容であった。中国からの入国制限を発動したのはそれから2週間後となるが、ここでも配慮や忖度が、決断を遅らさせたという憶測が生まれている。
もともとWHOは1月31日に中国のコロナウイルスを「国際的な危険宣言」を出していたので、そもそもこのコロナ対策専門家会議の立ち上げも2月14日であり、日本も初動がかなり遅れているという指摘はまぬがれないであろう。
まあそういう巷の批判はともかく、いよいよWHOが世界的大流行パンデミック宣言を3月12日に出した。これもWHOのテドロス事務局長が中国への忖度で、中国の収拾をまって、宣言したという。真に大義や公徳心はどこへやらの世界の今の混沌とした状況を照らし出している。
今から100年前の大正時代スペイン風邪が世界で流行して、日本でも人口の1%がなくなるという歴史がある。その時も対策が後手後手に回って大流行を防げなかったという歴史の教訓がある。東日本大震災の時も、100年以上前に起こった明治三陸津波の教訓を守り続けた地区は被害が少なかったといわれる。
それでも、なぜ日本人は歴史から学ばないのか。それはリスクを避ける、未来の予測を避ける、「考えたくないことは、起きないことにする」という、明日は今日と同じことが起きるという予定調和の水田耕作を地道に続け、親や目上の、言うことを聞けという江戸時代からの長く培われたDNAを受け継いできたからかと思うのである。
こういうDNAは昨日と同じことを踏襲するのは得意であるが、予想もしないことへの対処は泥縄式になる。そして、未知の病気には、普段隠されている、全ての弱点をあらわにする。世襲になってしまった日本の政治家にどの程度のことができるのか?
比較的対策が評価されている台湾は日本の対策の一月前にすべてがなされていた。公衆衛生の専門家を副総統に据え、マスクなどの供給安定のためにITの奇才を管理大臣に据えて、医療器具の管理をスムーズにした。この台湾の動きとの落差は明らかである。
こうした危機に強い政治家や政府を登場させられない、我々の社会は何かと考えさせられる。
今回のウイルスの世界規模での感染拡大(パンデミック)はまさに「予測できない未来」の到来に間違いない。感染拡大はまさしく生命に及ぶ問題にとどまらず予測出来ない社会の変化を引き起こしつつある。
この問いは今の政治家や官僚、専門家といわれる人々の行動、発言、決断を見ると、個人の資質を超えて、組織として何か問題があるのではないかと思えてくる。初動の遅さや判断ミスについては今後、真摯な検証が必要であるが、現状の組織や制度上の硬直性が、予測できない未来や社会の変化への対応を誤らせる可能性が見えてくる。予測を超えた事態に我々国民もどれだけ真剣に向き合っているか。政府の対応が泥縄式なら、何でもお上まかせにする日本人のDNAを乗り越えて、現場が力を発揮するいい機会にめぐり合わせたと思うことがこのパニックの教訓となるであろう。私達の思考力、判断力がこういうことをバネに磨かれることが、社会の変化にも必要だと痛感するのだ。