円安が止まらない。ついに1ドル=150円を超えてきている。政府日銀の為替介入があっても、焼け石に水の状態である。世界が金融引き締めと金利引き上げの政策をとっていて、世界で唯一真逆の黒田日銀の金融緩和政策は金利政策の違いからくる円安でないことを、このコラムのNO.45で言及した。それは構造的になってきた「安い日本」「貧しい日本」を象徴していると分析した。そのときですらまだ1ドル=130円の段階であった。

かつて「ジャパンアズナンバーワン」という時代があって、日本は最強の製造業をかかえ、そのたゆまぬ技術革新によって生産性を向上し、円高になっても企業の売上や利益も増えるので株価も賃金も世界のトップに君臨した。しかし1990年半ば頃から日本経済は変質して、円高になると輸出企業の売上、利益が減って株価も、賃金も下がる。そのため市場にいつも円安を求める圧力が強まりどの政権であっても円安政策を推進した。

そもそも日本の生産性が上らなくなったのは、日本が新しい技術革新、とりわけ、ITを中心とする情報技術革命に大きな後れをとったことである。円安によりコストで競争力が回復して株価も上昇するので、なおさらに技術革新への努力がおざなりになった。技術革新に多大な投資と労働力の投下が必要であるが、そんなことしなくても円安で楽に潤えば、その方が安易で、おまけにデフレで従業員の賃金を上げる必要もなく企業だけが最高益を更新するというシナリオが技術革新や新しいビジネスモデルの創出を最悪な水準にまで貶めたのである。

企業マインドだけではない、労働者マインドも、最低水準になった国民の年収でも無理しなくても今のままで幸せだ、という向上意欲の停滞をもたらしたというのが現状の円安の経済構造である。

戦後の輝かしい高度成長での中身は、実を言うと最初は模倣と追随の製造業を、持ち前の勤勉と改善と効率化、技術力の極限化と労働力の徹底した集中により成長させたという日本人的DNAの成果であった。

アングロサクソン的なイノベーション(技術革命)にはもともと弱いというところがアメリカ的なスタートアップ企業が出てこない最大の日本の弱点であるし、ITや高度サービス業が普及しない日本の構造でもある。サラリーマン化した大企業の社長の中で東芝やシャープの衰退が必然であり、むしろトヨタ、ソニーなどは頑張っている方である。起業家企業として日本にもソフトバンク、京セラ、楽天、ユニクロ、日本電産、キーエンスなどの世界企業も見られるが、世界と比して圧倒的に数は少ない。政府の成長政策で、企業が成長するぐらいならこんな安価な方法はない。何よりも新しい産業を自ら創造する力が民間になければ、どんな成長政策も「絵にかいた餅」であり、「笛吹けど踊らず」である。

世界は今どこも物価インフレと賃金の大幅上昇に遭遇している。日本と言えばこれだけの円安にも拘わらずインフレは3%程度であり、賃金は一向に上がらない。この日本経済の今や世界にない特徴は一体どこから生み出されているのか。確かに、日本経済は流動性に欠け変化やダイナミズムは期待できないが、安定性にかけてはまだ世界で抜群である。オイルショックでも物価高騰を制御して、リーマンショックやコロナに直面しても失業者は欧米と比べはるかに少ない。

解雇を優先する欧米と違って、賃金を削ってでも雇用を維持するというのが日本社会のアイデンティティーである。確かに正規雇用と非正規雇用の格差があるが、これこそ政府がいの一番に是正する社会政策でそれこそ解決可能な問題である。賃金が上らないことが企業も輸入物価を消費者物価にスライド出来ない一番の理由となっている。

第2次世界大戦後、世界経済は膨張を続けてきた。1990年の東西冷戦が終了して、世界はグローバル化するなか金融バブルが始まった。そしてそのバブルが各国で時間差を置いて、膨張と破裂を繰り返した。

リーマンショック後、世界的に量的緩和バブルが始まった。そしてコロナで財政のバラマキバブルが起きた。それがインフレを招き、そして米中対立、ロシアのウクライナ侵攻による世界の分断化でそのインフレは加速化した。それが破裂することなく確実に世界は収縮しつつある。縮んだ後は長期停滞、膨張しない経済、成長しない時代が、新しい冷戦構造の中でしばらく続く可能性が大である。この成長しない時代においては、日本経済と日本社会の安定性、効率性という強みが、世界で輝きを増すかもしれないと筆者は考えている。

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飯塚良治 (いいづかりょうじ)

株式会社アセットリード取締役会長。 オリックス信託銀行(現オリックス銀行)元常務。投資用不動産ローンのパイオニア。現在、数社のコンサルタント顧問と社員のビジネス教育・教養セミナー講師として活躍中。