欧米のエネルギー資源高、金融引き締めと、驚くような円安で国内のインフレ傾向も一段と鮮明になった。
ついこの間までメディアや雑誌で取り上げられていた「世界で人気のある日本のいろいろ」「世界に誇れる日本のいろいろ」というパターンの露出が姿を消して、「ダメになった日本のいろいろ」に姿を変えた。
「貧しくなった日本」
「成長しない日本」
「賃金があがらない日本」
「少子化で人口が大幅に減っていく日本」
いっぺんに自信満々の論調から悲観的な論調に様変わりした。
欧米で広がる格差と分断が、知らないうちに日本にもひたひたと押し寄せている。一億総中流家庭という高度経済成長から長く続いた世界でもまれにみる安定社会が、一握りの上流富裕層と中流から脱落した下流貧困層に、分かれていく速度が加速している。
例えば、都心の超高層のタワーマンションは高騰を続けて、もう一般のサラリーマン層では到底手が出せない価格になっているのにあっというまに完売していく。
従来の不動産市況では実需層の価格から離反しだすと、売れなくなり、不動産不況に移るのが定則であったが、一定程度の層になってきた富裕層や内外の投資家、そして高収入同士のパワーカップルによって、購入が支えられている。坪単価が1000万から2000万までになっているタワーマンションは住民のラウンジ、スポーツジム、カフェ、ホテル並みのフロントサービス、安全環境システムが充実している。
芥川賞作家の平野啓一郎の最新作「本心」を読んだ。
主人公は東日本大震災に生まれて今は29歳というので2040年の東京が舞台である。AIとVRのテクノロジーの進化が極限化されている世界である。
そこは富裕層と貧困層がきちんと分断されている。富裕層が住む「あちらの世界」と貧しくぎりぎりの生活を送る主人公が暮らす「こちらの世界」に分けられている。
「こちら」と「あちら」はもう固定化されて、あちらの資産階級の世界は子供に相続され、こちらの無産階級の子供たちは教育の機会も少なく、「こちら」から「あちら」に移ることはほぼ不可能である。
富裕層は現実の世界で高級リゾート、高級ホテル、高級レストランを独占し満喫した日常を送っている。貧困層から反抗が起こらないのは、AI、VRテクノロジーのおかげで、VR・バーチャルリアリティー(仮想現実)の世界でアバター(分身)として高級な施設を偽装体験できるからである。
AIが進んだ社会では、貧困層の仕事はほぼエッセンシャルワーカーに限られ、富裕層のための使用人&代行人という役割の構図となっている。これは将来起こり得る予測ではないと筆者は感じた。もうすでに起きている現実である。
若者のZ世代や就職氷河期の失われた世代(ロストジェネレーション)の低賃金・非正規雇用の労働者からの反撃が起こらないのも、今はスマートフォンという一種の仮想空間を与えられているからである。片手に握りしめられた小さな窓から自分が見たい世界だけを選択できる非現実の空間を肌身離さず持ち歩くことで、小さな満足を得ているからである。
電車の中で、乗客全員がスマートフォンとにらめっこで、誰一人、目を合わせないという単なる群れと化している、異様な光景も、自立とか、主体性とかいう個人の存在を失わせてからすでに久しいのである。