ウクライナへのロシアの侵略から既に一か月経過して、ロシア軍の猛撃が続く中、ウクライナの首都キエフは陥落せず、ゼレンスキー大統領を先頭にウクライナ国民の勇猛果敢な抵抗が続いている。

プーチン大統領の最大の誤算は、まずはウクライナ国民の「旧ソ連のような統制と監視の自由のない社会に二度と戻りたくない」という激しい抵抗力であり、それとお笑い芸人出身のゼレンスキー大統領の知力と演技力と胆力に支えられた政治力。そして21世紀の強力な武器となったあらゆる映像メディアを使った情報戦の影響力を侮っていたことではないだろうか。

プーチン大統領は若輩の芸人上がりの素人政治家ゼレンスキー大統領と歴史的にもいつも服従させていたウクライナの国民性なら、侵攻後1週間でウクライナは手に入ると確信していたようである。完全に読み間違えていたプーチン大統領とロシア官僚の権力のおごりがある。

ウクライナ軍の今回の士気の高さに加え、一般市民までが武装して反撃してくるとは、夢にも思わなかったに違いない。

プーチンの決断は別に頭がおかしくなったわけではない。

欧米に対するロシア国民の底流にある反感とナショナリズム。大国的な虚栄心としての「大ロシア帝国」再興を、プーチンが自分で達成するという思い上がりのもとに、彼らしい歴史に残る英雄になる固い決断があったのであろう。

今のロシアの軍事力なら、合理的な戦争遂行は可能であるという過信が、誰も逆らわない裸の王様となった独裁者の首を絞める。

彼は、民主主義国家はバラバラで脆弱であるという都合の良い情報機関の忖度報告を信じ、国際的な経済制裁も中国のバックアップがあれば痛くもないと我田引水するのが古今東西の独裁者の習いである。

旧ソ連の崩壊と冷戦終結は人類史上初めて世界の経済を一体化させた。世界の需要と供給は国境や政治体制を超えて繋がり、その果実を最も利用した中国が世界第2位の経済大国にのし上がった。グローバル経済と自由貿易を一番謳歌した中国が今違う方向性に向かう自己破滅の危機を今論じるのが焦点ではないので割愛して、一方ロシアは、その世界経済につながるチャンスをエネルギー大国であるにも拘わらず全く生かせなかったのが、プーチン専制政治の狭窄性がもたらしたものである。今やロシア経済力は韓国以下のGDPで低迷している。独り負けとなったロシアが唯一残る巨大な軍事力にものをいわせて、賭けに出たプーチンであったが、しかし、ここからプーチン大統領の誤算が始まる。

やはり経済力のない軍事力はもはや装備のメンテナンス、技術の固定化、軍人の報酬からくる士気力の低下等々張り子の虎になりつつあることを世界に暴露した。そしてその代償として、ドイツを始め多くの欧州諸国が大きな危機感を抱いて強固に結束しつつあるということである。それまでの国是をかなぐり捨てて大きく踏み出したことである。

ドイツを戦後長く抑制してきた軍事力の再強化に走らせてしまった。北欧やスイスの中立国も、反専制の連合に参加させるひきがねとなった。プーチンはNATO(北大西洋条約機構)の東方拡大を阻止しょうとして、逆にドイツの軍拡とNATO拡大の胎動を招いてしまった。

一方我が国でもこのことにより対岸の火事ではないと、防衛費増額への世論が出始めている。久しく北方領土を利用してロシアに比較的に穏便にさせてきた国内世論を硬化させた。

これもプーチンにとって誤算であろう。

一方かすかな光明として、今のロシアでは、激しい弾圧の中でも、反戦のデモやメッセージの投稿が盛んに行われており。国営テレビ局でも反戦プラカードが局員によって掲げられるという旧ソ連時代には考えられなかっことが起きている。

かつて1960年代に世界や日本で吹き荒れたベトナム反戦の戦いが米国本国でもうねりとなり、ついにベトナム終戦を米国政府が余儀なくされたことがロシアでも垣間見られるようになったことである。ソ連崩壊から30年でロシアの人々が味わった自由への変化を「プーチン皇帝」といえども、押し戻すことが出来ないものだと思いたいのである。

とにかくこれからの戦争には、もう勝者はいなくなるという壮大な無駄な時代となったにも拘わらず、戦争は起こるという矛盾からいつ人類は目が覚めるのであろうか。

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飯塚良治 (いいづかりょうじ)

株式会社アセットリード取締役会長。 オリックス信託銀行(現オリックス銀行)元常務。投資用不動産ローンのパイオニア。現在、数社のコンサルタント顧問と社員のビジネス教育・教養セミナー講師として活躍中。