また、今年の6月に現役の国税職員(24)が国の「持続化給付金」をだまし取ったとして詐欺容疑で逮捕された。20代の若者7人がグループで10代から20代の高校生から大学生に投資家を装えば給付金を申請できると持ち掛けて、受給した給付金を暗号資産に投資させていたそうである。総額で2億円を超える被害とのことである。
20代の若手の官僚といえば月収は手取りで30万円には届かない水準であろう。
個人的な犯罪といえばその通りであろうが、古今東西、若い役人が自分の役割についてあまり価値を見出せなくなってきた国は歴史に学べば亡国の兆しである。
キャリア官僚という立場を失ったとしても大したことじゃないやという感覚が若い世代には普通の感覚になりつつある。別に官僚という職業にこだわらずであるが。キャリア官僚を選択した若者ですら、国家、国民のために、自らの能力を捧げるという価値観などもう古色蒼然とした感覚なのであろう。
そういう時に今度は山口県阿武町が給付金4630万円を誤って町内の男性に振り込み、それが即座に全額下ろされて、ネット上のカジノに使われるという事件が世間を騒がせた。
連日ニュースやワイドショーで報じられ、「そんなことで一生棒に振って」とか、「そんな才覚あるなら、まともに働けばもっと稼げるのに」とかという意見が多くあったが、だが一見して、まっとうに見えるこうした「正論」がいま、じわじわと「説得力」を失いつつあるように思える。
ある境遇のものからすれば、一瞬で大金をつかみ取るようなチャンスやアイデアが、たとえそれが不正なものであろうが巡ってきたときに、それをみすみす手放すという道徳感はもうこの国には崩壊しつつあるように思える。今後の人生で自分の口座に「¥46,300,000」という数字が表示される日がやってくるとは到底考えられないときに、普通の良識など吹っ飛ぶであろう。
「ちゃんと生きて、ちゃんと働いていればいつかは報われる」という「頑張れば報われる」という大人達の物語を今、若者達は、あまり信じられなくなっているのではないか。
というのも、この国の賃金がバブル崩壊以降ほとんど一貫として低下をし続けていることは事実だからである。1997年から現在に至るまで、時間あたりの賃金の伸び率がマイナスになっているのはOECD加盟国のなかでも日本だけである。
もちろん、世の大半の人は依然として「まともに働いたほうがトータルではお得だ」と考えている。特に年配者で、かつてこの国にあった右肩上がりの良い時代を経験し、時代の幸運にうまく便乗して、一定の資産や家族を築き終えている人達と、そのような時代がすでに終わった後に生まれ、低落を続け希望の持てない社会で食いつなぐ者とでは、もう世の中の価値観は分断されているように思える。
「コツコツやっていればいいことがある」というこれまで多くの人が支持してきた物語が今ひどく動揺している。年収500万ぐらいが高給取とみなされ、6割を占めている非正規就業者の年収200万円台がもはや当たり前になってしまった時代においては、「自分がどうやっても報われることのないゲームのルールをなぜ守らなければならないのか」という考えが社会的ためらいのラインをあっさりと越えてでてくる者を相次いで登場させてくる。この給付金不正受給の大量な出現はこの社会が基本的な信頼と希望を失うという静かなモラルハザードを起こしつつある象徴的な出来事であるように思えた。