今年の1月のコラムで「熊本産偽装アサリに見られる、相次ぐ国産偽装は安いニッポンという象徴的問題である」という事を取り上げた。円の価値が50年前の円安水準となって、通貨の実質購買力の低下と先進国の中で最下位となっている国民の平均年収が、安いものしかなりたたない消費市場に日本はなっているという現実を提示した。

今、更に円安が止まらない。円が1ドル130円まで迫っている。これをよく理解するために、よく用いられるビッグマック指数というので比べてみよう。

英国の「エコノミスト誌」が公表する各国のマクドナルドが販売するビッグマックの価格の比較である。

昨年6月の調査では日本が一個390円で1ドル=128円で換算すると日本は3.05ドルで売られており、アメリカでは5.65ドルで売られている。

従って、日本のビッグマックはアメリカの54%になる。これは、アメリカ人が日本でビッグマックを買えば「なんて物価の安い国だ」と感じ、日本人がアメリカで買えば「なんて物価の高い国だ」と感じる。

また、ユーロ圏のヨーロッパのビッグマックは、ドルに換算して5.02ドル、イギリスでは4.5ドル、韓国でも4.0ドル。いずれも日本の3.05ドルより高い。日本より安い国を見つけるほうが難しい。

このビッグマック価格の低下はここ数年のことである。2012年の10年前を比べると日本のビッグマック価格は320円。この時の為替レートは1ドル=78.2円で換算すると4.09ドルになり、アメリカの4.33ドルとほとんど変わらなかった。

価格が安いという事は、それだけでは悪いことではない。国内だけでみれば、所得が同じであれば安いことに越したことはない。では、何が問題か?それはビッグマックの安い国は、賃金も安いという傾向である。

OECD(経済協力開発機構)が賃金に関するデータを公表しているが、2020年のデータでは国民の平均年収は、日本は3万8515ドルでアメリカの6万9392ドルの賃金の約55%である。ドイツは5万3745ドル、オランダ5万8828ドル、イギリス4万7147ドル、韓国4万1960ドルで日本はすでに韓国以下である。日本はOECDの中で今や最下位グループにいる。

日本が急速に貧しくなったのはここ10年である。

賃金やGDPの立ち遅れについてよく言われるのは、過去20年以上にわたって、日本経済がほとんど成長しなかったことだ。この考え方だと日本が貧しくなった原因は日本のこの低成長にあるがそれを加速させたのはここ10年の、政府の円安に導く為替政策である。

為替レートの決定メカニズムは複雑である。しかも日本の政策だけで円安になるわけではない。

しかし日本では円高になると「日本の危機だ」と言われ、円安を求める圧力が生じる、バブルがはじけて、1990年代後半から2000年前半にかけてそうした圧力が強まって、2000年初めに大規模な介入政策が実行された。2010年頃も円高が進み、当時の民主党政権は円安政策をとる。さらに2013年からのアベノミクスでは最大の円安政策がとられた。この様に自民党、民主党にかかわらず、日本の政治は円安を求めてきた。

政治が円安を求めるのは、単純に円安になれば輸出企業の利益が増え、株価も上がるからである。

かつては日本も最強の製造業を抱え、その技術革新によって生産性を向上し、円高になっても企業の売り上げや利益も増えるので株価も賃金も世界のトップであった。1980年代の日本はまさに「ジャパンアズナンバーワン」であった。しかし1990年半ば頃から日本経済は変質した。円高になると輸出企業の売上、利益が減って、株価も下がる。そのため市場にいつも円安を求める圧力が強まった。日本の生産性が上らなくなったのは、日本が新しい技術革新(とりわけ、インターネットを中心とする情報技術体系)に対応できなかったためである。

それでなおさらに、円安になって、コストで競争力が回復して株価も上昇するので、技術革新への努力がおざなりになってしまった。技術開発に多大な投資と労働力の投下が必要だが、そんなことをしなくても円安で、楽に潤えば、そのほうが楽で、おまけにデフレで従業員の賃金を上げる必要もなくて、企業だけが最高益を更新するというシナリオが、技術革新や新しいビジネスモデルの創出を最悪な水準にまでおとしめているのが今の結果である。

企業マインドだけではない、労働者マインドも最低水準になった国民の収入でも何も無理しなくても今のままで幸せだという向上意欲の停滞をもたらしている。敗戦後、経済だけは勝利したという日本も、経済も敗戦に向かっていると思う筆者の思いは杞憂であろうか。

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飯塚良治 (いいづかりょうじ)

株式会社アセットリード取締役会長。 オリックス信託銀行(現オリックス銀行)元常務。投資用不動産ローンのパイオニア。現在、数社のコンサルタント顧問と社員のビジネス教育・教養セミナー講師として活躍中。